SLパレオエクスプレス:1944年製の機関車が、いまも働いている谷
電車は、静かです。低く唸って、加速して、行ってしまう。
蒸気機関車は静かではありません。しかも、静かでない部分がそれぞれ違います。まず煙の匂い。列車より先にホームへ届きます。それから汽笛。思っているより高く、鋭い。煙突から出るブラスト音は、動輪が一回転するたびに一拍、ゆっくり始まってだんだん速くなる。そのすべての下で、レールの継ぎ目が「ガタン、ゴトン」と過ぎていきます。
これが、東京から2時間以内でまだ体験できます。

「パレオ」とは何か
列車の名はパレオエクスプレス。飾りでつけた名前ではありません。
いまからおよそ2000万年前、このあたりは海の底で、パレオパラドキシアという海獣が生きていました。ラテン語で「昔の不思議な動物」という意味だそうで、実際そのとおりの動物です。カバのような体つきで、脚の開き方が独特で、いまの世界に似たものがいません。
その骨格復元像は、同じ秩父鉄道の上長瀞駅から徒歩5分の埼玉県立自然の博物館にあります。つまりこの列車は、車窓から見える博物館にいる化石の名前を借りています。日本の列車名のなかでも、よく考えられているほうだと思います。
機関車は、小学校の校庭にいた
機関車はC58 363。そばに立つ前に、この機関車の履歴を知っておくと見え方が変わります。
1944年(昭和19年)2月19日、川崎車両製。戦争の最中に生まれた機関車です。そして国鉄から蒸気機関車が消えるまで働きました。引退までの走行距離は1,054,826キロ。
1973年(昭和48年)から、吹上町立吹上小学校(現在の鴻巣市立吹上小学校)の校庭で静態保存されていました。日本の蒸気機関車の多くがたどった道です。校庭に据えられ、ゆっくり錆びて、それが働くところを見たことのない子どもたちに見上げられる。
1987年に車籍が復活。1988年3月、熊谷での「‘88さいたま博覧会」に合わせて再び走り出し、以来ずっと秩父鉄道で働いています。

目の前を通り過ぎるとき、思い出してほしいのはそこです。レプリカでも、展示物でもありません。1944年生まれの機械が、15年間モニュメントをやったあと、仕事に戻ってきたのです。
石炭は1往復で約1トン燃やします。
走る区間
パレオエクスプレスは熊谷から三峰口までの56.8キロを、運行日に1日1往復、片道約2時間半かけて走ります。
線路は荒川をさかのぼるので、熊谷側は平らな関東平野、それから川が狭まり、長瀞の渓谷になり、最後は本物の山になります。客車は国鉄の12系。JR東日本から譲り受け、2000年にリニューアルしたものです。
春は桜、そして芝桜。初夏は新緑、秋は紅葉。撮影地としては、親鼻付近で荒川を渡る鉄橋がよく知られています。
予約のしかた(必須です)
全席指定です。自由席はありません。当日ふらっと行って満席なら、乗れません。
- まず運行日を調べる。2026年は3月20日から12月6日まで、土日祝を中心に走ります。毎日は走りませんし、月ごとにパターンも違います。
- 受付は1か月前から。乗車日の1か月前の午前0時に始まり、出発時刻の30分前で締め切られます。
- SL座席指定券を買う。オンライン予約システム(クレジットカード決済)なら片道1,000円。駅の窓口(現金)や旅行代理店なら片道1,100円。小児も同額です。
- これとは別に普通乗車券が要ります。交通系ICカードやフリーきっぷでも大丈夫です。
正直な注意をひとつ。これは秩父鉄道の公式サイトに書かれていることです。やむを得ない場合、急に牽引機がSLから電気機関車に変わることがあります。蒸気機関車そのものが目的の一日なら、これは引き受けているリスクです。頻繁ではありませんが、実際にあり得ます。ホームで知るより、先に知っておくほうがいい。
乗らずに撮るなら
きっぷがなくても、通過を見ることはできます。実際、そうしている人はたくさんいます。

これはイラストで、写真でも時刻表でもありません。始発駅、途中の停車駅、鉄橋、そして機関車の向きを変える終点——という路線のかたちを伝えるために描いたものです。5枚の絵は撮影したものではなく、その日そこで必ず見られる景色を約束するものでもありません。
停車中に実際に何が行われるかは、その日の運用によります。発着時刻・停車時間・ホームの様子は、この絵ではなく秩父鉄道の時刻表と運行日の案内で確認してください。
経験から2つ。ひとつは場所より光。明るい空を背にした蒸気機関車は影絵になり、写真の主役は煙のほうです。どの鉄橋かを考える前に、太陽がどこにあるかを考えてください。もうひとつ、行きと帰りは別の列車です。終点で機関車の向きを変えるので、午前と午後で見える側も光も変わります。同じ日に2回、違う絵が撮れます。
そして、日本の撮り鉄の当たり前のルールが、ここでも当たり前に効きます。黄色い線の内側にいること。線路の砂利に立ち入らないこと。私有地や畑には絶対に入らないこと。沿線の人たちは、あなたが帰ったあともここで暮らします。
普通列車も、けっこう面白い
ここは見落とされがちなところです。秩父鉄道の普通列車は、ほとんどが東京からの譲渡車です。20年前に都内で電車に乗っていた人なら、たぶん乗ったことがあります。
- 5000系——元は都営地下鉄三田線の6000系。3両編成に改造され、1999年11月から
- 7000系——元は東急8500系。2009年3月から
- 7500系——元は東急8090系。2010年3月から
- 7800系——同じく東急8090系。中間車に運転室を新設して2両編成に。2013年3月から
- 急行に使われる6000系も、元は西武鉄道の101系。2006年3月から
東京が手放した通勤電車が、塗り替えられて、渓谷をさかのぼっている。渋谷を揺れながら通っていた8500系を覚えていると、これは静かに感慨深い光景です。

上の写真は7505編成。2015年12月から秩父三社トレインとして走っています。正面の龍と黒い狼は、秩父の三つの社に由来する意匠です。運転台の窓の白い札は「ワンマン」。車掌は乗っていません。
日本でSLに乗れる場所
日本の鉄道から蒸気機関車が定期運用を退いたのは1970年代です。いま残っているのは、JR各社と私鉄が動態保存している少数の機関車を、日数を限って観光列車として走らせているもの。九州にいくつか、東北にいくつか、中部にも。
そのなかで秩父鉄道のパレオエクスプレスは、大がかりな計画を立てずに、東京から日帰りで乗りにいけるという点でいちばん近い一本です。遠くまで行く覚悟があるなら他も調べる価値がありますが、土曜が1日空いていて、いま東京にいるなら、これです。
秩父から持って帰るもの
秩父はウイスキーを作っています。この一文はたいてい驚かれて、飲むと驚かれなくなります。
イチローズモルトは、秩父蒸溜所のウイスキーです。いまや世界で最も入手しにくい日本のウイスキーのひとつになりました。黒ラベルの「モルト&グレーン クラシカルエディション」はブレンデッドで、700ml、化粧箱入り。このシリーズへのいちばん入りやすい入口で、オークションに流れていくシングルカスクよりはずっと手に入りやすいものです。
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価格・在庫は変動します。
現地で買うなら、西武秩父駅まわりの店をのぞいてみてください。
基本情報
- 列車:SLパレオエクスプレス(秩父鉄道)
- 機関車:C58 363(1944年2月19日・川崎車両製)
- 客車:国鉄12系。2000年にリニューアル
- 区間:熊谷〜三峰口 56.8キロ・片道約2時間30分
- 本数:運行日に1日1往復
- 2026年の運行期間:3月20日〜12月6日、土日祝中心
- 座席:全席指定(自由席なし)
- 予約:乗車日1か月前の午前0時から、出発30分前まで
- SL座席指定券:オンライン片道1,000円/窓口・代理店1,100円(小児同額)
- 別途必要:普通乗車券(ICカード・フリーきっぷ可)
- 注意:牽引機が電気機関車に変わる場合があります
どこで降りるか
- 長瀞——岩畳と和舟、そしてパレオパラドキシアの骨格がある自然の博物館
- 三十槌の氷柱——真冬、この上流で岩肌が凍りつきます
- 52席の至福——秩父へ向かうもう一本の特別な列車。西武線を走る、厨房のある列車です
こんな人に
蒸気機関車が働く音をまだ聞いたことがなくて、聞いてみたい人。長い履歴を持つ機械が好きな人。そして、2000万年前の海獣の名を借りた列車を、小学校の校庭で15年過ごした機関車が引く——それは土曜日の使い方としてまっとうだ、と思える人に。まっとうです。
注:運行日・時刻・料金は毎年変わります。おでかけの前に、秩父鉄道の最新の案内をご確認ください。
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